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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 私のとち旅 その二


今日は栃木に来ることとなった用事を済ませて、午後から宇都宮散歩をしようと思っています。昨日お城で聞いた情報を元に、市内の核心地を攻めようかと。行けてない教会もありますしね。いざ出発 (^◇^)ノ


工場見学


栃木に来ることなった用事というのは、神戸製鋼真岡製作所の工場見学。妙に行きたくなって一人分応募したのです。

国内のアルミ缶の3割、ボトル缶に至っては7割をここで生産しています。すでにお世話になってたんですね。

現在は広い敷地にガスを燃料とした発電所を建設中。工場内も建設現場もすごい迫力で、人の肉体の小ささとやってることの大きさを感じました。

午前中一杯見学して社会勉強にはなりましたけど、やはりこれは宇都宮に来るきっかけだったんだなと思いました。真岡を発って宇都宮に戻り、荷物をコインロッカーに入れて街歩きへ。駅前に停まっていたバスの側面に、ちょうど私が行きたい場所の名前が書いてあったので迷わず乗車。導かれてる感じします☆


日光街道


降りたのは「清澄」バス停。細い道ですがどことなく昔からの風情が漂っていて、街道だったことがうかがえます。日光に向かう日光街道ですね。

現在は変形した交差点になっていますが、ここに江戸時代は宇都宮宿の木戸があり、宇都宮に入る北の玄関口となっていました。

将軍が日光東照宮に参詣する際に通った御成道だったんですね。秀忠や家光が通ったと思うと不思議です。私も明日はその東照宮に行く予定で、考えてみれば同じ宿泊地とルートを踏んでいる訳で。


桂林寺


さて木戸跡の前にあるのが桂林寺。こちらの領主が宇都宮氏だった頃からあるお寺で、蒲生君平の墓があります。

戊辰戦争の宇都宮の戦いでは長州兵らが立て籠もり、焼き討ちにあったのだとか。古刹であり戦跡でもあるんですね。

本堂には秘仏の聖観音菩薩像があるそうです。


本堂

鐘楼

聖観音菩薩像解説板

お堂

マリア観音?


ここに来たのは、この寺に「マリア観音」なる像があるとネットで見たため。どうやらこれがそうみたいですが・・・、私にはマリアを仮託したものには見えませんね。

そもそも北関東に「マリア観音」など隠れキリシタンの遺物が多数あると言い出したのは川島恂二という人で、この人の見分け方だと、子供を抱いている像はすべて「マリア観音」ということになります。

それで北関東各地でキリシタン遺物が「発見」されてしまったんですね。キリスト教に関心を持ってほしい教会関係者が川島氏の説を受け売りしたことも、この間違った見分け方を広める弊害を招きました。元々「マリア観音」とは、長崎の隠れキリシタンが中国製の安い子安観音像に聖母子の姿を心で映して祈ったもの。形で見分けることができないのはもちろん、キリシタンがいてそれを聖母子だと思って祈っていなければ「マリア観音」になり得ません。

川島氏とその本を読んで追従する隠れキリシタンファンが、現在もたびたび「マリア観音」やら「エンジェル観音」やらを勝手に「発見」するので、この事態をどう収拾すべきか悩ましいですが、ここで叫んでおきます。こちらの像は、決して「マリア観音」ではありませんよー!!


境内の石造物

石造物

石造物

石造物

蒲生君平の墓


「マリア観音」であるはずはないことは分かってましたが、それでもキリシタン遺物だとか言われるものは一応見ることにしているので来ましたが、せっかく桂林寺まで来たので、蒲生君平の墓も探してみました。

墓地には連絡が取れなくなった墓がいくつもあって時代を感じます。幸い蒲生君平の墓はきれいに保存されていますが。

写真に収めて立ち去ろうとして解説坂を読んでみたら・・・、蒲生君平はキリシタン大名蒲生氏郷の子孫だと書かれています!確か蒲生氏郷の子は成人した男子は秀行だけだったと思うので、言い伝えか何かかもしれませんが。それにしても興味深いですね。少なくとも蒲生君平は、自分が蒲生氏郷の子孫だと考えていたようです。うむ、これは見に来て良かったです♪


蒲生君平の墓

蒲生君平について

蒲生君平の墓

連絡の取れない墓

宇都宮市長選挙


私が訪れた日は折しも宇都宮市長選挙の選挙期間中だったみたいで、そう言えば先ほどから街宣カーからの声が聞こえてました。

次世代型路面電車(LRT)の導入が争点になっているようです。旅行者の目線で言うならLRTはほしいですね。バスで交通系ICカードが使えないのも不便ですし。

細かい事情までは分らないから、宇都宮の将来にとっていい選択ができますようにとだけ祈ります。神様が一番よくご存じでしょうから。街を歩いていると大谷石で造られた塀を頻繁に見かけます。ほぼスタンダードなくらいに。どこかレトロな家も多いですね。素敵です。


住宅地

住宅地

宇都宮聖ヨハネ教会


そんなことを思いながら歩いて行くと、これまた大谷石で造られた教会が。

日本聖公会の宇都宮聖ヨハネ教会で、こちらも国登録有形文化財です。

隣接する幼稚園の子供たちが遊びまわっているので写真が撮りにくいですが、それを主が喜んでいらっしゃるだろうから、主の気持ちの方に合わせましょう。園児もいて、防犯上の必要もあるのか聖堂の扉は開いていませんでした。イベントの時以外は非公開なのかな?



宇都宮聖ヨハネ教会

宇都宮聖ヨハネ教会

宇都宮聖ヨハネ教会

教会の庭

二荒山神社


「桜通十文字」からバスに乗り、「馬場町」で下車。今回、昨日と言い今日と言い、すべて乗りたいバスに3分以内に乗れるという幸運ぶり。知らない街なのに感謝です☆

バス停すぐ目の前が二荒山(ふたあらやま)神社なんですが、拝殿までは95段の石段が。萎えますわ (+o+)

しかしこの神社こそが「宇都宮」の「宮」たる神社と聞けば、行くしかありません。よいしょこらしょ。古くからこちらの領主はこの神社の神主を兼ねていて、それで「宇都宮氏」だったそうです。

境内には拝殿・本殿の他、神楽殿などがあり、勧請された末社も12社もあります。一人で来ている女性がちらほら見えますね。何かの祈願なのか、丁寧にお参りしています。うーん、今日本は信仰は求めないものの、スピリチュアルなものは求める傾向にありますね。信仰などというのは正しいことを言われて面倒くさいけれど、自分の願いを叶える祈祷やまじないはやりたいということでしょうか。



鳥居と境内

二荒山神社

末社

境内より

栃木とキリシタン


さてあまりキリシタンの痕跡がない栃木県ですが、それでも江戸時代の初期には信徒がいることはいました。

1610年に茂木城主となったジョアン細川興元はキリシタン城主でしたし、武茂(現・那珂川町)と蘆尾(足尾)にはコンフラテルニタスと呼ばれる信心組講(信徒同士の互助グループ)がありました。

1617年にはフランシスコ・ガルベス神父が同宿フランシスコを伴って、武茂の組講を巡回したのですが、このことが後年水戸藩がキリシタンから没収した文書に、「元和四年拾月五日 ふらい不乱シスコガル 下野国コルトンのコンフラリアの衆中参る」と記載されています。


東照宮造営とキリシタン


だからキリシタンはいたことはいたのですが、1626年以降北関東では日光東照宮造営に絡み、浪人や無宿人と共にキリシタン狩りも始まり、こういった人たちは捕縛されるか、他所に逃れるかしたのではないかとみられます。だから栃木県内に殉教地はないのです。それはいいことですけど、・・・キリシタン自体がいなくなったので殉教もなかったということです。

ただし少数の隠れて信仰を守る信徒がいたようで、1658年に宗門改役井上政重が全国的に行ったキリシタン摘発の際に、壬生から1人、宇都宮から4、5人、足尾から多数、茂木から1人の宗門が出たと記録があります。そう、この宇都宮にもキリシタンがいたんですね。

それを先ほどの「マリア観音」と結びつけるのは早計ですが(何しろあの石像はもっと時代的に新しい物だろうと推測されるので)、宇都宮で天主に祈り捧げる人がいたことは確かです。彼らはこの街のどこに住んでいたんだろうなぁ...(*'ω'*)


境内

境内

手水舎

石段

パルコの入口前は神社!


日光への御成道にあたるからか、宇都宮は神社勢力が強いように感じますね。東武宇都宮駅のパルコは神社を通って入って行くようになっています。

神社の境内を通らずとも入れることは入れますが、大通りから若干遠回り。大抵の人は境内を横切って入店するのでしょう。

こんな一等地に神社を境内ごと残しているのは、平将門の首塚のように祟りでも恐れているのか・・・。いや、どちらかというと商売繁盛のご利益でも得ようとしているように見えますね。宇都宮市民のメンタリティを感じます。



日野町通り


JR駅と東武駅を結ぶ大通りを2本、城側に入った道は「日野町通り」。宇都宮で数少ない蒲生秀行ゆかりの地です。

日野町は蒲生秀行が宇都宮城主だった時代に父祖の地の日野から商人を呼び寄せて、城下町発展を図った町です。

現在は二荒町となっていますが、通りの名前に「日野町」の名が残っています。昔は商業で栄えたんでしょうが、今は飲み屋や風俗店に浸食されているのがちょっと・・・。


日野町通り

日野町通り

「日野町」

みはし


 カトリック松が峰教会へ再トライ!


カトリック松が峰教会


歩いているうちに近くまで来たので、カトリック松が峰教会へ。昨日から3回目って、しつこいですかね (;^ω^)?

でも聖堂内をちゃんと写真に収めてないし、しっかりお祈りもしてないし、宇都宮の核心地かもしれないし・・・って、結局来たくて来たんですけど。

おっ、今日は中に入れそう♪

聖堂内


この教会、別冊太陽「日本の教会を歩く」で紹介されているのを見て以来、ずっと来てみたかったんですよね。

カトリック教会が栃木で宣教を始めた(カトリックではキリシタン時代があるので、再宣教という言い方もされますが)のは、1880年頃から。

1888年にフランス人のカジャック神父が宇都宮天主公教会を設立し、その後教会は現在地に移転。カジャック神父の死から2年経った1932年に現在の聖堂が建てられました。そして日本で最初に「聖別」された聖堂となりました。

日本初の「聖別」された聖堂


私は「聖別」されると祭儀を行う以外の目的で使うことができなくなると考えていましたが、昨日依存症支援のイベント会場となっていたのを見ると、最近は解釈が変わってきているのかもしれません。パイプオルガンコンサートなども行っているようですし。広い意味で「救済」に関わることならOKなのかも。

1945年の空襲で屋根が焼け落ちましたが、2年後に修復。大谷石は固くないので加工はしやすいけれど傷みやすいようで、2001年に大規模修繕を行って現在の姿を取り戻したとのことです。宇都宮の観光名所の一つとなっているので、やはり祭儀のみという使い方は現実的ではないのかもしれませんね ('ω')



聖堂内

聖堂内

聖堂後方

祭壇

聖堂内

聖堂内

聖堂内

パイプオルガン

循環バス


またまたちょうど良く循環バスに乗れ、宇都宮駅へ。JRと東武駅とが離れているのが実に不便ですね。旅行者は徒歩で乗り換えができると思っちゃうんじゃないでしょうか。

地元では当然のことでもその他の人には理解できないルールをちゃんと整理しないと、観光業で遅れを取るのではないかと。特にインバウンドの時代には。


カトリック峰教会


駅で預けた荷物を取ってホテルに舞い戻り、まだ少し明るかったので教会を訪ねてみることに (^^♪

歩いて18分かかりましたが、カトリック峰教会に着いたら疲れも吹き飛びました。

住宅地の真ん中なのに郊外にある教会みたいに広い敷地。聖堂は新しそうですが、地域にずっと根付いてきた感じがします。

聖堂内


中に入ると夕暮れの聖堂には物寂しい感じが漂っていましたが、意を決して1曲賛美。さっき松が峰教会で3番まである讃美歌の2番までしか歌えなかったので、続きが歌いたかったのです☆彡

調子に乗って2曲、3曲賛美。物寂しく感じたのは自分の心のせいだったのか、そんな雰囲気が一掃された気が。

普段から地元の信者さんが集まって讃美し、祈っている場所なんでしょうね。でも何だか涙も出てきました。情緒不安定か!と自分にツッコミたくなりますが。何だろうなぁ、教会に通って人の方はいいけど、天の方はどうなんだろうという、微妙な感情がよぎって。

歴史的にみると、キリシタンは昔いたけどいなくなって、それからずっと途切れていた所ですからね。主の心をお慰めするにはまだまだ足りない部分があるように思うし、過去を知って祈ることができたらもっといいだろうなと思って。私自身が勉強不足で今回知っただけなんですけども (;^ω^)



聖堂内

聖堂内

アッシジのフランチェスコ

カトリック峰教会

宇都宮みんみん


聖堂を出てきたら日が暮れかけていて、歩いているうちに真っ暗に。見ず知らずの住宅地で迷子になりかけ焦りましたが、スマホのナビのお陰で戻って来られました。

ついでに行ってみたかった宇都宮みんみんも帰路で発見。男性客の並ぶカウンター席に混じり夕餉を注文。一人餃子もできる大人の女性になりました・・・。焼き餃子水餃子各1人前と漬物付きご飯で560円は安いかと。さすがソウルフード♪(満腹して月も見ずに宿に帰りました;;)



インプットでアウトプット


人は一旦何かを考え始めると、そればかり考えて、忘れるとずっと忘れる生き物。ネットで服を買おうかと見始めると、しばらく検索していろいろと見ていて、「絶対に買わなきゃ」という気持ちになるのですが、何かの拍子に違うことを考え始め、今度はそのことが頭の中をめぐるようになると、服のことを忘れて、ワンシーズンツーシーズン終わっても思い出さないこともあります。

脳に何がインプットされるかによって、結果である行動が変わるので、インプット段階で何かしらの線を引き、うまいこと制御しないと、見ること聞くことに振り回される結果に。そこを選ぶのが、賢さなんだろうなと思います。

こんなことを考えたのは、あまりグルメに関心のない私などでも、「宇都宮=餃子」というインプットがされていたがために、二日連続で餃子を求めて食べたんだと気付いたから。インプット恐るべしです。それならば、グルメ情報以外ではどれほど影響を受け、行動していることか。

良いことはインプットし、できるだけ脳に「考え」という形でキープして、反対に良くないことは最初からシャットアウトするのがいいんだろうと、眠りに落ちようとする頭で考えながら・・・本日はよく歩いたのでとりあえず強制終了 (。-∀-)zzz




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