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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 切支丹の江戸 part8


今回も短めの旅行記を二つ。旅行記と言えるかどうか微妙なくらいなので、「訪問記」か「感想文」としましょうか (;^_^A
ともあれ恵み深かったので記させていただきます☆


藤城清治「幸せをよぶ光」展


本日訪れたのは銀座にある教文館。老舗キリスト教書店です。

企画展の「村岡花子と教文館」と、特別展の藤城清治「幸せをよぶ光」を見るためです♪

教文館のエントランスはもう藤城清治ワールド。9階に上がるとポスターをお持ち下さいとの手書きメッセージや、写真撮影可にした理由などが書かれていました。作品を見る前からファンになってしまいますね。


教文館

エントランス

ポスター

写真撮影可

フランシスコの生涯


写真撮影可のご好意に甘えて、音を消してパチリパチリ。21年の歳月をかけて制作され、最近完成して話題を呼んでいる「フランシスコの生涯」は、前評判どおり素晴らしいです。

失礼ながら御年90歳というご高齢なので、多少の手抜きというか、ラフになっている部分があるのかと思ってましたが、今尚現役で、手抜きはおろか甘ささえない構図と細かさに驚嘆しました。


小鳥と話すフランチェスコ

教皇の夢

聖堂の建設

グッビオの狐

聖フランシスコの讃歌


藤城清治さんと言えば影絵ですが、影絵の新しい可能性も見せてくれています。

「聖フランシスコの讃歌」は背後からの光で色彩を放った影絵が、水面にも映し出される作品。

幻想的で惹き込まれます☆

水彩画


曲面になった壁には水彩画が描かれていました。影絵に拘らず、一番適切な表現方法で描いているんですね。

昔人気を博した「ケロヨン」というキャラクターも藤城清治さんが生み出したものだったと思います。

藤城清治さんは叔父がプロテスタントの牧師で、教会の日曜学校で学生達が集まって影絵劇をやったのがきっかけになり、影絵作家になりました。

ご自身がクリスチャンであるという話は聞きませんが、奥さんや娘さんがカトリックのクリスチャンで、親戚の人たちにも信者が多いこともあって、キリスト教との縁が深く、キリスト教関連作品も多く手掛けています。だから藤城清治さんのことを、ブログとかで「クリスチャンアーティストだ」と書いている人もいますけどね。まあ、そうなってほしいので敢えてツッコミはしませんが。


藤城清治作品

藤城清治作品

藤城清治さん

藤城清治略歴

日本二十六聖人


ひと際目を奪われたのは、やはり信仰を取り扱った作品です。

「日本二十六聖人」と題された作品が壁に掛けられ、照明が当たっていました。

崇高さを感じます。これは舟越保武が制作した彫刻を影絵にしたもの。考えてみると、誰かが創った芸術作品を、違う方法で芸術作品にするというのは相当難しいことなのではないでしょうか。そこに挑み、新たな作品にしたことに衰えぬ冒険心を感じます。


軍艦島

原発すすきの原

原爆ドーム

祈りの島五島列島

江戸城遺構


藤城清治作品を堪能し、教文館で働いていた村岡花子をリアルに感じながら、銀座を後にして、あまり行く機会のない街へ。

虎ノ門駅で降りて霞ヶ関コモンゲートに向うと、文科省などの省庁がひしめいていて、国の中枢に来た感じ。

ちょうど江戸城のお堀にあたる場所のようで、遺構の石垣が見えました。昔も今も中心だったということですね。

江戸城もその周りの普請も各地の大名が築いたものなので、詳しく調べたらキリシタン関係の史跡が見つかりそう。これらの石が運ばれてきた真鶴半島の石丁場(その一つお茶の水丁場にはキリシタンがおり礼拝堂を作っていたという話がある)も興味深いですし。今日はちょっとした用でこちらに来ただけですが、もっと探ってからまた来よっと┗┓ ̄旦 ̄┏┛フフ

  

江戸城石垣

江戸城普請

石丁場

省庁街



以上、中途半端な「感想文」になってしまいましたが、次はもう少し長めの「訪問記」をば。Mちゃんと訪れた、世田谷区の賀川資料館の「訪問記」です。ここで賀川豊彦に注目したことが、四国旅行につながりました♪


日本基督教団 松沢教会


今回こちらに来ようと思ったのは、賀川資料館で行われている「賀川豊彦と吉野作造」展を見るため。2人ともクリスチャンですので☆

この展覧会は、先だって宮城県の吉野作造記念館で行われたのですが、それを見たM子ちゃんから良かったと聞いたのも背中を押してくれました。

こちらは日本基督教団 松沢教会。この教会に隣接して賀川資料館はあります。白亜の建物が住宅街に映えてますね。


松沢教会

賀川資料館

賀川資料館

賀川豊彦と吉野作造

賀川資料館内


「賀川豊彦と吉野作造」の展示は、資料館入ってすぐにセットされていて、パネル展示が詳細でわかりやすいです。

吉野作造と言えば大正デモクラシーですが、一人のクリスチャンとして、信仰的な活動もしていました。教会に通い、主日の説教を楽しみにするなど。

またこの時代は社会福祉の重要性が認識され始めた時なので、賀川豊彦と同様、社会の弱者に対する目線を持って働いていました。私の印象としては、吉野作造はよりアカデミックに、賀川豊彦はより実体的に、という感じですが。片山哲ら、同時代のクリスチャンとの協働も知ることができました。もっと勉強せねばですね、日本のキリスト教史や政治史についても (*゜.゜)

片山哲とキリスト教


片山哲(かたやま・てつ)は弁護士から政治家へと転進し、戦後間もない1947年、衆議院選挙で日本社会党を第一党にして、首相となった人物。また一方で片山哲は日本基督教団富士見町教会に通うクリスチャンでもあったので、キリスト教社会主義に基づく国作りを目指しました。

片山哲は法律的には吉野作造、思想的には安部磯雄(共にクリスチャン)の影響を強く受けたと言われ、そのため当時の日本社会党の精神的な原点はキリスト教に置かれ、しかもただイエスを信じるというのではなく積極的に社会の中で奉仕精神を発揮するという実践的なものを志向していました。

そこで当時、「一つの世界」を強調しながら世界連邦構想を提唱していた賀川豊彦などの運動に片山哲は積極的に加わり、国際的な活動を展開していたわけですね。つながりが見えました。ちなみに思想的に影響を与えた安部磯雄は、早大野球部の創始者で、今も続く早慶戦の糸口を作った人です♪


賀川豊彦の書

賀川豊彦

吉野作造

片山哲の手紙

賀川豊彦の伝道活動


賀川豊彦が生涯をかけて行った事業は多岐に渡ります。それが「一つに専心」することが美徳とされ評価されやすい日本においては、賀川豊彦がイマイチ知られていない理由ではないかと、館長さんが言ってました。

神戸で貧民救済のためにスラム街に飛び込んでいったことに始まる社会福祉活動の軌跡については、ここで全部書いて説明することはできませんが、今では「生協(生活共同組合)を作った人」として、一般の人には認識されているのではないでしょうか。

だけれどそういった活動を通して真の平和を築こうとした、その根幹にはキリスト教精神があった、ということは、人口に膾炙してほしいところですね。一時は総理大臣候補として名が挙がったこともあり、1954年から1956年の3年、連続でノーベル平和賞候補者にもなりました。その上1947年と48年には、ノーベル文学賞の候補になったんですからね。

残念ながらどれも受賞はしませんでしたが、候補に挙げられるのも相当な働きがなければあり得ません。こんな日本人、他にいるでしょうか。ワシントン大聖堂には新島襄と共に彫像が刻まれています☆


関東大震災時の活動

平和早天祈祷会

賀川豊彦の書斎

賀川豊彦の直筆原稿

礼拝堂


素晴らしいのは、賀川記念館は、賀川豊彦が実際に説教していた礼拝堂をすっぽり包む形で建てられていること。

記念館の内にあるその礼拝堂では、賀川豊彦の講演音声が流れ、往時の様子に思う存分浸ることができます。まるでタイムマシン! この仕掛けには参りました。あ、もちろんいい意味で ヽ(*^▽゜ *)ゞ


礼拝堂入口

賀川豊彦の講演

礼拝堂内

説教台

天井

ステンドグラス

礼拝堂

礼拝堂

賀川豊彦に関する著作


資料を下さりながら館長さんが、賀川豊彦の様々な業績を話して下さいました。日本では「死線を越えて」くらいしか知られていませんが、その他の著作も海外では評価されているそうです。

またジャーナリストとして超有名な大宅壮一とも交流があり、というか、賀川豊彦が松原に居を移したので周囲に越して来た人の一人が大宅壮一だったそうで、大宅壮一もこちらで洗礼を受けたのだと聞きました。「ご長男が不幸な亡くなり方をしてから・・・」ということでした。ジャーナリストとして尊敬していたのに知りませんでした。そこに行かないと聞けない話もありますね。


松原教会の様子

賀川豊彦の著作

ワシントン大聖堂

各地の記念碑

ティータイム


最後はMちゃんとティータイム。高級住宅街でカフェもハイソな感じです。小さな店舗ですが、パティシェさんが何かの賞を取った有名店なんだとか。

私はキリシタン史オタクで、Mちゃんは死刑廃止に関心を抱いている人なので、スィーツには通り一遍の反応しか示せませんけどね。それでもついでに美味しいものも食べさせてもらって感謝だなと思いました ∬´ー`∬ウフ




どこまでも広がる関心を


今日賀川豊彦という人を知ろうとしてみたことで、また新たに吉野作造や片山哲、安部磯雄や大宅壮一にまで、関心の領域が広がりました。知的に刺激を受けるし、いいのはいいんですが、自分の頭がついていけるのかちょっぴり心配。

人がごっちゃになって、業績や言葉などを混同してしまわないか、それで間違った考えをもって、それを誰かに話してしまわないか、自分の能力の低さと、おっちょこちょい度を日々認識しているので、笑い事ではないのです。

ただもう、知りたくなったからには止められないことも確かです。関心の導火線に火が点いてしまったので。よく頭に入れ、取り違えないためには、一人一人に対する愛着が重要だろうなと思います。

聖書に「最も大きなものは愛である」と書いてあるように、この探求の旅においても愛が、私の脳を活性化させ、心膿むことないようにしてくれるんでしょうね。愛で賢く吸収したいです!




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