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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 切支丹の江戸 part7


様々な機会を与えられ、いろんな所に行かせてもらっていることに感謝して、今回は短めの旅行記を二つ上げようと思います。いつも通っているような場所なんですけどね《《《《(*´▽`*)ノ゛


ニコラ・バレ修道院


四ツ谷駅の目の前、いつも見上げながら通り過ぎている茶色い建物、ニコラ・バレ修道院に今日は行ってみたいと思います☆

「ニコラ・バレ」は17世紀初頭にフランスで生まれた神父さんの名前。ニコラ・バレ神父が作った共同体がカトリック女子修道会「幼きイエス会」となり、この会を「ニコラ・バレ」とも呼ぶのです。

昔は「サンモール修道会」とも呼んでいましたね。1991年に改称されました。


ニコラ・バレ修道院

ニコラ・バレ修道院

詩篇の言葉

震災関係の展示

2015年3月17日は「信徒発見」から150周年


ニコラ・バレ修道院を訪れたのは、東日本大震災のボランティア活動に関する展示を見るためでしたが、ふと近くの掲示板を見ると、2015年の3月17日が「信徒発見」から150周年だということでポスターが貼ってありました。

私は神様が時にかなってすべてのことを行うという聖書の言葉が好きなのですが、これもきっとそうなんだろうなと思いました。

長い潜伏期間を耐え忍び信仰を守ってきた信徒たち(「浦上キリシタン」という)が、フランス人神父によって長崎に建てられた大浦天主堂にやって来て、「ワレラノムネ アナタトオナジ(私たちもキリスト教徒です)」と告白してから、2015年でちょうど150年。

感慨深いものがあり、意味があることなんだろうと強く感じます。こういう発見があるから、歴史を学ぶと興味が尽きませんね o(*'▽'*)o




・・・ということで、一つ目の旅行記はおしまい(短すぎますが^^;)。次は文京区へと参りましょう。最終的には江戸川橋駅の方にある印刷博物館に行こうと思っているのですが、それまでいくつが気になる所を回ろうと思います♪


文京ふるさと歴史館


では昔「乞食坂」と呼ばれていた「袖振坂」を訪れた際に使った本郷三丁目駅にゴー。この前は時間がなくて入ることができなかったのですが、「文京ふるさと歴史館」の文字が目に付いて、次来てみようと思っていたのです。

中に入ると、こういう施設にありがちな閑散とした雰囲気。まあいいですよね、混み混みよりは見やすいし。


縄文時代の骨(複製)

縄文弥生時代

遺跡分布図

館内

ミニチュア展示


文京区の歴史をざっと俯瞰することができるようになった展示は、区内の縄文遺跡や発掘品からスタート。続いて江戸時代、明治から現代へと順々に見ていけます。

私が目当てにしていたのはやはり江戸時代のもの。キリシタンに関係する人や物、資料がないかなと思いまして。

目を皿のようにして見ていたら、発見がありました! 東京大学のある所は元加賀藩邸だったことはよく知られていますが、その前には大久保忠隣邸だったのだと。大久保忠隣は京都のキリシタン捕縛を行った人です。文京区には多くの大名屋敷があったので、他にもキリシタン関係者がいそうですけど、詳細な地図がないのが残念ですね。


文京区の大名屋敷

田村家の甲冑

本郷の加賀藩邸は

元は大久保忠隣邸!

キリシタン屋敷についても!


パネル展示の中には小日向にあったキリシタン屋敷に関するものもありました。屋敷の見取り図に加え、キリシタン屋敷のあらましが書かれていて、過不足ない感じです。

江戸時代最後の宣教師シドッティ神父を、将軍のブレーンでもあった儒者、新井白石が取り調べたことまで書いてあります。

できればキリシタンを転ばせ(改宗させ)ようとして行った陰湿な虐待や拷問、時には処刑することもあったこと等も書いて欲しいところですが、そういう負の歴史は解説されないことが多いですよね。


キリシタン屋敷解説

発掘品

彦坂家の屋敷跡

寺社と信仰

樋口一葉関係


文京ふるさと歴史館のある所も、江戸時代には旗本、彦坂家の屋敷地だったことが書いてあり、「おおっ!」と盛り上がりました。

彦坂家は駿府町奉行を務めた家系で、駿府のキリシタン処刑の実行役ですから。ただしここが屋敷地として与えられたのは、1704年のことだったというので、キリシタン迫害をした人の子孫が暮したというだけですね。

その他では、文京区に暮した文学者たちに関する展示も充実していました。歴史館周辺の史跡地図とか見ると、まだまだ行きたい所結構あるなと思います。特に宮沢賢治の旧居跡には是非行きたいなと♪


樋口一葉関係

樋口一葉関係

歴史館周辺史跡地図

展示物

後楽園周辺をてくてく


得るものがあったことに満足しながら、後楽園周辺をてくてく。若干迷いながら小石川後楽園の裏手を進み、江戸川橋を目指します。

都内では地下鉄に乗るより歩いて行った方がいい場合がありますよね。電車を乗り換えるのも、ホームへの上り下りも大変ですから。季節を感じながら歩くのも良いものです☆


有島武郎旧居跡?


さて、歩きルートを選んだのは、季節を感じたいからだけではなく、史跡地にも寄ってみようという目論見があったのですが、解説板がないと確信が持てませんね。

たぶんここが有島武郎旧居跡だと思うんですけど・・・。有島武郎は内村鑑三の影響を受けてクリスチャンになりましたが、不倫して、相手の夫から脅迫を受けて、キリスト教では禁じられている自殺(不倫相手との心中)をしてしまった人。

尊敬はしてませんが、著名なクリスチャンで、文学的にも評価されているので、ゆかりの地などには寄ってみるようにしています。確かに私も昔小説を読んだときにはすごいなと思いましたし。うーむ、ここが旧居跡かどうかピンポイントでは分かりませんが、この近辺だったろうとは言えそうです。ここでどんな気持ちで暮してたんでしょう。批判するのはたやすいですが、その苦しみまで知りませんからね・・・。


同人社跡!


あとは印刷博物館まで直線コースだと思ったところで、右手に解説板を発見。

都内はどこもかしこも史跡地だからなと、あまり魅力を感じないで読んでみたら、「中村正直」の名前が!

ここ、中村正直が開いた同人社の跡でした。知らずに偶然見つけたけれど、知ってたら必ず訪れたかった所です。うー、感謝! このルートで歩いて来たからこそ目に入ったので、僥倖です♪

中村正直と同人社


中村正直(敬宇とも)は明治を代表する教育者でクリスチャン。福澤諭吉、森有礼、西周らとともに設立した明六社の主要メンバーとして、啓蒙思想の普及に努めました。同人社は中村正直が1873年に解説した英学塾で、経営がうまくいかずに1887年に廃止されましたが、慶應義塾や攻玉塾と共に、「三大義塾」と並び称されました。

中村正直については、静岡で旧居跡を見てから関心を抱いていました。明治の教育界には、クリスチャンの奮闘が多く見られますね。日本を良い国にしようと教育に力を注いだ人たちの心意気を、ここでも感じることができるように思います (´▽`*)


同人社跡

同人社跡

印刷博物館


では印刷博物館へと参りましょう。印刷博物館はトッパン印刷が運営する複合文化施設で、印刷の意義や果たしてきた役割を多角的に提示しています。

今日はここで開かれている「ヴァチカン教皇庁図書館展Ⅱ」を見に来たのですが、予め申し込む形のVRシアター「システィーナ礼拝堂」特別上映にも抽選で当たったので、まずはこちらを見学。

システィーナ礼拝堂内を自由に見て回れるインタラクティブな装置が最大の目玉で、司会者がそれを操作する人を「お客様の中でどなかた手伝っていただいて・・・」と選ぶ瞬間、私に目を止め、つかつかと近寄ってきてiPadを手渡しました。

私は別に操作したいと願った訳ではなかったけれど、これは主が下さった機会かも思い、ミケランジェロの最後の審判だけでなく、両壁に描かれているキリストの生涯に近づいてみました。するとそれらが当代の有名画家がそれぞれ場面を指定されて描いたもので、キリストの大きさ等が全部統一されていることなどを解説してくれました。私にとってはプレゼントのように思え、主の愛を感じました☆

「ヴァチカン教皇庁図書館展」


この展覧会は、印刷博物館のキューレーターが十年がかりでヴァチカンと交渉し実現したもので、簡単には貸し出されず、見ることができない資料が一杯。私が見たかったのは、「ヴァチカン貴重庫で見つけた日本・東アジア」というコーナーで、中でも最大のお目当ては、天正遣欧使節がヴェネチア共和国に送った感謝状と迫害期にキリシタンが教皇に送った奉答文でした。

もうこの2つをこの目で見るまでは気が気じゃないというか・・・(笑。ガラスケース一枚隔てられたところに、天正遣欧使節の4少年が実際に書いた文字と署名があるのを見て心躍りました。また日本ではキリスト教禁令の嵐が吹き荒れて、次々と殉教していく者が出ている状況で、教皇が「聖年」の特別な許しを授けるとの手紙を下さったのですが、それに感謝して、各地のキリシタンが書いたのが奉答文です。

教皇の下さった恵みに感謝して、命を捧げて主に仕えますとの内容の手紙を認め、キリシタンたちがこれに署名して宣教師に託してローマに送ったのですが、それが今もヴァチカンの貴重庫にあったとは! 巻物状になった手紙はきれいに装丁され、「手紙」というより「書状」あるいは美術品のようです。

私は崩し字が読めないけれど、漢字に混じった平仮名はたどれます。墨で署名した中に、後に殉教者になったキリシタンの名前を見つけぐっときました。ハンカチで涙を受け止めながらずっと見つめておりました・・・。


印刷博物館

ヴァチカン展

ボッティチェリの挿絵

天正遣欧使節の感謝状



関東にいるおかげで


私が住んでいるのは東京ではないけれど、人と物と情報の集まる東京のある関東にいるおかげで、いろんな刺激を受けることができます。ヴァチカン展一つを取ってみても、地方に住んでいたら交通費もかかり、宿泊も予約しなければならなかったりするのですから。

決して都会向きでもない性格ですが、今の私には関東が一番のようです。渋滞してもラッシュにあっても文句を言ってはいけませんね。

だけれどいつまでも関東にいられるかと言えば、そうでない可能性もあります。人は自分の人生を、意外と自由にできないものです。意思は表わせても、事情が変われば従うしかないことがあまりにも多いので。

この貴重な時を、過ぎてから後悔しないように過ごそう、できることなら満足して思い返せるようにと、満員電車の中でほくそ笑みました ( ̄▽ ̄)ニヤ





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