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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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駿府キリシタン秘抄 ⅩⅤ


今日は最終日。神奈川へ向いつつ、行きたい所をピンポイントで! 一番行きたいのは、真鶴半島の「お茶の水丁場」。岩にキリシタンの十字架が刻まれているという噂があるのです。ミステリーハンターになった気分で行って参ります ( ̄^ ̄ゞ


富士箱根ランドの朝焼け

朝焼け


朝起きると窓からは朝焼けが。富士山側ではないけれど、新館6階からの眺めはなかなかのものです。

今年も良い年でありますように!
少し遅くなってしまいましたが、初詣気分で祈りました♪



 湯河原へ♪


富士山

富士山


朝食後私はちょっと休んで(夫はその間にホテルを探索。支配人と一緒に見て回ってきました☆)、のんびり出発。

富士山を眺めながら、湯河原へ向う有料道路を下ります。もう今日は家に向って帰りながら、何ヶ所か回るだけというスケジュールなので余裕です y(^ー^)y


日本基督教団 湯河原教会

日本基督教団 湯河原教会


再開発の波が及んでいる湯河原の温泉街を抜けて、JR駅に近い市街地に出ました。線路に隔てられて、海側と山側に町が分かれているのが不便かもしれません (^^;)

山側の住宅街に日本基督教団の湯河原教会を見つけました。これ以上車では近づいて行けない(?)感じだったので、崖下からパチリ。建物の内部は広そうですね。


日本福音ルーテル教会 湯河原教会

日本福音ルーテル教会 湯河原教会


続いて日本福音ルーテル教会の湯河原教会へ。駅前から伸びる幹線道路沿いにあります。

湯河原市や駅周辺にどのくらいの人が住んでいるのか知りませんが、この規模の町にこれだけ立派な教会があるのは、誰かがすごく頑張ったからではないかと思います☆



 続いて真鶴半島へ (○゜ε^○)v


真鶴半島

真鶴半島


さて今日のメイン、真鶴半島へと参りましょう。真鶴のある神奈川県に、私たちは住んでいるのですが、半島へと足を伸ばすのは初めて。神奈川も広いんだなと思います。

目指すのは昔の石切り場で、「丁場」「石丁場」と呼ばれる所。できれば「お茶の水丁場」という所に行きたいのですが、地図にないので、採石場のあった番場浦という所へと向うことにします♪


番場浦海岸

番場浦海岸


海に突き出た半島というのは、どこか熱帯の雰囲気がありますね。ドライブしながら植生や地形に驚きました。

世の中にはまだまだ知らないことがいっぱいだなと思いながら、番場浦海岸の駐車場に到着。海に向って散策路を下りて行くと海岸です。
すごい素敵~ヾ(@⌒▽⌒@)ノ

番場浦海岸
番場浦海岸
番場浦海岸
番場浦海岸
番場浦海岸
番場浦海岸
三ツ石
三ツ石
真鶴半島採石場跡

真鶴半島採石場跡


番場浦の採石場跡は、景勝・三ツ石の反対側にあります。

江戸初期から昭和まで採石されていた所なのだとか。

よく見るとノミの跡などが見られますね!

キリシタンの十字架はどこ?


江戸城の普請のために、各地の大名たちは真鶴で石を切り出し、運んでいったのだとか。その中にキリシタン大名もいて、部下や働く者たちの中にもキリシタンがいたのか、丁場に十字架が刻まれていると、高木一雄氏の本に書いてあったのです。高木一雄氏はキリシタン研究の第一人者で、自ら関連する史跡を踏破して書いているので、私にとっては有り難い存在という感じです。自分が行く際に書かれた情報が大変役に立つので。
真鶴半島採石場跡
その高木一雄氏が言うには、真鶴海岸のお茶の水丁場にある十字架の刻印は、どう見てもわざと刻まれたものとしか見えず、恐らくキリシタンが礼拝所としたのではないかということで、俄然行きたくなった訳です。だけれど、同じ神奈川県と言えど広くて、なかなかここまでは来られなかったんですね。だから今日は超ハッピーな・・・はずですが、見えるところには十字架の刻印はないようです。

洞窟みたいになってる採石場跡が一番怪しいかろう(可能性があろう)と思い、夫に見てきてもらいましたが、そこにもそれらしき跡はなかったそうです。まあ、しょうがいないでしょうね。昭和まで採石されていたなら、削られてしまったかもしれませんし。高木一雄氏がいつそれを目撃したのかもわかりませんし。ここまで来られただけでも感謝だと思い、小さな声で賛美歌一曲歌ってきましたヽ( ´ ▽ ` )ノ

真鶴半島採石場跡
番場浦の採石場跡
採石場の内側
採石場の内側
採石場の内側
採石場の岩
番場浦の採石場跡
番場浦の採石場跡

ケープ真鶴

ケープ真鶴


なかなか来られない所にまで来られて感謝だと思いながら、町営の観光施設「ケープ真鶴」へ。売店や休憩所があるそうなので☆

近くに幕末の砲台跡や与謝野晶子の歌碑もあるというので、是非見ておきたいと思い。あまり知られていませんが、与謝野晶子もクリスチャンなんですよ。それで娘たちもキリスト教系の学校に入れています。

ケープ真鶴

砲台跡


砲台跡には歩いて行かなければならないと思っていましたが、「ケープ真鶴」の裏手の庭が三ツ石や太平洋を望む絶好のビュースポットになっていて、そこに昔砲台があったそうです。

よくよく考えてみたら、幕末の砲台って、異国船打払い令が出たために、外国船が来たら砲撃しようと築かれたものですよね。つまり、日本人漂流民を送り返してあげるために乗せて、併せて日本と和親条約の交渉しようとしてやって来たモリソン号を攻撃したのは、ここからだったかもしれない?ということです。

モリソン号の時はなかったかもしれませんが、ペリーとか他の船には砲撃したかも。射程が短くて砲撃が届かなかったかもしれないけど、上陸を阻むために威嚇していたかもしれません。モリソン号の日本人漂流民はマカオで聖書和訳に従事した人たちですし、船には宣教師も乗っていたので、ここでこういう物を目にして、えーっという感じです。いろいろとつながっていますね。

台場の解説碑
台場の解説碑
与謝野晶子歌碑
与謝野晶子歌碑
ケープ真鶴
絶好のビュースポット
ケープ真鶴
三つ又の木
「御茶ノ水」の文字を発見

御茶ノ水!!!


「ケープ真鶴」の館内に戻り、展示物のジオラマを見ていたら、そこに「御茶ノ水」の文字を発見!!!

あるじゃん!ちゃんと真鶴半島に。しかも結構近い!?

位置をしっかりカメラでメモって出発。目指すはキリシタンの十字架っ (○゜ε^○)v



 御茶ノ水丁場やーい!


福浦カツラゴ海岸

探し求めて・・・


半島というのは起伏がすごくて、道も入り組んでいるので、思うように行きたい場所に行けないのが難点。そんなことも初めて知りました。

いつの間にか袋小路に入ってたり、会社の敷地に侵入しちゃってたり。せめて「御茶ノ水」の地名だけでも見たいのですが・・・。主よ、導き給へ!

福浦カツラゴ海岸
福浦カツラゴ海岸
福浦カツラゴ海岸
海岸の解説
福浦カツラゴ海岸
福浦カツラゴ海岸
福浦カツラゴ海岸
サーファーの姿も

真鶴カトリック教会

真鶴カトリック教会


「御茶ノ水」を求めて行きつ戻りつしていたら、教会を発見。丘をずずいと登って見てきました。真鶴カトリック教会です。

見晴らしもなかなかものもです。人々が暮す向こうに海が眺められます。扉は開いてませんでしたが、信者さんたちの手によるものなのか、庭の花木がきれいで癒されました♪

真鶴カトリック教会
真鶴カトリック教会
真鶴カトリック教会
教会からの眺め
真鶴カトリック教会
庭の花木

「御茶ノ水」

御茶ノ水


肝心の「御茶ノ水」なんですが、住人に聞いても、釣り人に聞いても分からず、夫がとあるお店に入って行って聞いてくれ、ようやく分かりました。

分かったと言っても、「そこだ」というだけで、「そこ」は崖の下にあるので、今は歩いて行けない状態だということが分かっただけなんですけど。「キリシタンの十字架」云々については、誰も知りませんでした。高木一雄氏は随分と昔に行ったんでしょうね。その頃は歩いても行けたのか、船で行ったのかは分かりませんが。でも一応リサーチはできたので満足です d(^-^)

「御茶ノ水」
だからこの下の
御茶ノ水
海岸辺りが
御茶ノ水丁場
お茶の水丁場ですね!


 今度は石垣山一夜城へ★


石垣山一夜城の駐車場

石垣山一夜城の駐車場


見るべきものを見られて、念願のお茶の水丁場にも最大限接近できたので、未練なく真鶴半島を後にして、次は小田原市にある石垣山一夜城へと参りましょう。

本日のラストの目的地です。石垣山一夜城は最近整備されたようで、駅からのアクセスは良好。うちのナビに道が表示されないのは、新しい道だからみたいです (^^;)

十字入りの石!

十字入りの石!


石垣山一夜城の駐車場には、カフェやハーブ園まであって、道の駅のよう☆

駐車場の一角に石垣山一夜城で使われていた石が展示されているのですが、何気なく見ていてびっくり。

十字架の刻印が刻まれているではありませんか! これは十字架ではなく、石を切り出した職人たちが刻んだ「十」の印だと解説板に書かれていますし、私もそう思います(石の合わせ印か、自分のところの石ですよって意味か)。だけれど、今日十字架を探し求めていた私にとっては、神様が恩情で見せてくださったように思えて・・・感謝しました♪ キリシタンとは関係なくても、私にとってはプレゼントかなと。

十字入りの石解説
解説板
十字入りの石
十字の印
十字入りの石
十字の印アップ!
小田原攻め攻囲図
小田原攻め攻囲図
石垣山一夜城

登城路


本丸への登城路は、岩がゴツゴツの悪路。発掘された時の様子をできるだけ残してあるんでしょうね。

石垣山一夜城は、秀吉が小田原合戦の際に地形を利用して築いた城。一夜にして築いたのではなく、城を作っておいてパッと一気に山の木を切って、一夜にして出来たかのように見せかけただけですけど。

石垣山一夜城
石垣山一夜城解説板
石垣山一夜城
石垣
南曲輪跡
南曲輪跡
天守台跡
天守台跡
本丸跡

本丸跡


石垣山と言われるだけあって、崩れかけた石垣が残っていて、あちこちに石がごろごろ。本丸跡だけが平に整えられています。

秀吉はこの城に淀君ら側室や千利休、能役者を呼び茶会を開いたり、天皇の勅使を迎えたりしました。

秀吉についたキリシタン大名も来ていたでしょうね。黒田官兵衛は必ずここに来たはずです。足が悪かったから、登ってくるのは大変だったでしょうね。昔はバリアフリーなんて有り得ませんでしたし。

本丸跡

小田原城跡を望む


本丸跡から眼下を望むと、小田原城跡が見えます。

現在の小田原城とは違い、北条氏の時代の小田原城は小高い丘に築かれた城でした。

現在上から見ると、緑が多くなってる辺りですね。こちらからだと、山を一気に駆け下って襲えそうな所ですね。こんな所に一夜にして城が現れたのですから、北条側にとっては喉元に刃を突きつけられたようなものだったでしょう。籠城する北条側が、決死の覚悟で打って出て来るか、城を開けて降伏してくるかを想像しながら、能観賞をしていた秀吉の様子を思うと、はっ倒したくなりますね。あ、乱暴ですか...(^。^;)!?

小田原城跡を望む
小田原城跡を望む
解説板
解説板
本丸跡
本丸跡の石造物
城の構造
城の構造について
連理の木

連理の木


ちょっといい感じだったのが、本丸跡にあった連理の木。根や幹は別々なのに、一つの枝がもう一つの枝を包み込んで、一体になっている木です。

よく恋愛や夫婦のことを描いたものに、「連理の枝」という表現が出てきます。

「天に在っては願わくは比翼の鳥となり、地に在っては願わくは連理の枝とならん」――。「長恨歌」の一節ですね。夫婦で見上げるようになったので、心に刻んでおこうと思います☆



 のんびり帰りながら・・・ヽ(・ o ・)ノハッ


カトリック国府津教会

カトリック国府津教会


これで今日の観光は終了ということで、家路につきました。

途中カトリック国府津教会を見かけ、ちょうど目の前にコンビニがあったので停車。写真を撮って、栄養補給と休憩のひと時を♪

今日は朝しっかり食べたので、あまりお腹がすかず、お昼はスルーです。実は私の体調が良くなくて、食べられないというのがありまして。夫に悪いのですが <( ̄∇ ̄)ゞゴメン


旧吉田茂邸

旧吉田茂邸


「あ、これって昔の東海道? だったら吉田茂の家、通るかなあ?」

ふと気づいて尋ねると、「たぶんそうじゃない?」と言う夫。前から行きたかった吉田茂邸の前を通るということで、俄かに力が満ちてきてカメラを構える私。

今日は年始の月曜だから、きっと閉まっているだろうと思いきや、あ、開いてる~Σ(゜ロ゜〃)

旧吉田茂邸

旧吉田茂邸の兜門


年始だけど月曜だけど、開いてました旧吉田茂邸。入場無料で、平日は駐車場も無料なんだとか。すごい、これまたプレゼントだ!

実はここには2回来ていて、最初来た時はまだ焼けた後で修復されてなくて、オープンしたと聞いて行ってみたら閉館日だったんです(調べてから行けよ、ですが)。

わあ、兜門カッコいい。中入っちゃっていいのー《《《《♪♪(*´▽`*)ノ?

旧吉田茂邸
兜門解説
旧吉田茂邸
庭園
旧吉田茂邸
日本庭園
邸宅は再建中
邸宅は再建中
吉田茂像

吉田茂像


庭園を抜けて海側へ行くと、少し高くなった所に吉田茂像が。

サンフランシスコ講和条約のサンフランシスコやニューヨークに顔を向けて立っているのだとか。

閉門時間まで30分ほどなのに、結構人がいます。歴史好きな中高年が一人でも訪れたりしているみたいですね。私もその一人ですけど☆

吉田茂像
吉田茂銅像について
大磯の海
大磯の海
七賢堂
七賢堂
七賢堂
七賢堂解説
バラ園

バラ園


最後にちらっとバラ園も通ってみたら、意外な事実が。昭和54年に大平首相(当時)とカーター大統領が、ここで会談したんだそうです。

新発見です。ここもクリスチャンに関連した地だとはっきり言えるんですね。四国で大平さんのお墓を見つけて以来、大平づいてる気もしますが (^▽^;)アハ

今やネット社会ですが、足を運んでこそ知り得ることもあるのだと実感しました。またどこかに発見に行きたいな。

バラ園
バラ園について
バラ園
バラ園
石灯籠
石灯籠
吉田邸再建
吉田邸再建について


           農作のたとえ


            主人が農夫に種を与えて、「あなたは種を蒔いて育てなさい。
            そして実を結んだら収穫して、90%はあなたが持ち、
            残りの10%は私のところに持って来なさい」と言った。

            それで農夫は「その期間をどれぐらいくださいますか」と訊いたら、
            主人は「1年与える」と言った。
            それで農夫は「そんなに時間をたくさんくださいますか」と言った。

            ところがいざ農夫が種を蒔いて穀物を育ててみると、
            穀物が早く大きくなるのでもなく、時間もすぐに過ぎた。
            肥料を与え、雑草を抜いて働いているうちに夏の梅雨時になり、
            そうしてやっと実を結び収穫をしているうちに9月になった。

            主人が言ったとおりに収穫したものの10%は主人に渡し、
            残りのものは精米所に頼んで精米して、家の倉庫に積み上げた。
            そうしたらもう10月が過ぎた。少ししたら雪が降り、1年が全部過ぎた。

          人の一生、人生100年もこれと同じですね。人はちょうど一回分の
          農作ができる時間を天から与えられているのではないでしょうか。
          時間がたくさんあるようでも、人生の農作をして生きてみたら、
          人生一生は本当に短いです。
     
     人生の中で、豊かな実りを結ぶ農作をしていきたいものですo(*'▽'*)/☆




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