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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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南蛮遍路 其の壱


風に誘われて、四国へとやって参りました。四国は旅行では来たことがあるけれど、巡礼では初めて。どんな顔を見せてくれるか楽しみですヾ(@⌒▽⌒@)ノ



徳島駅前

徳島駅前


高速バスで徳島駅へ到着。来る途中、運転手が居眠り運転していて超怖かったです。もう夜行は乗りたくないと思うほどですが、帰りもなんですよねぇ・・・。神様にお祈りします。

駅前のポストの上には阿波踊りの像が! 阿波の国に来たなという感じです♪


ポッポ街

ポッポ街


駅周辺で見たかったのは、こちらのポッポ街。ローガン小路とも呼ばれています。

ローガンというのは賀川豊彦に影響を与えた宣教師さんの名前で、その人が住んでいたからついた名称だそうです。

徳島は賀川豊彦がキリスト教に出会った地なんですね☆


うどん

とりあえずうどん!


夜行で来たので朝ごはんを。レンタカー屋さんへと向う途上でお店に入りました。

今では関東でも浸透した、さぬきうどんスタイルのお店ですが、四国全体がこういう感じなんでしょうね。素敵です。ダシは若干甘いかなぁ (* ̄ρ ̄)”

カトリック徳島教会

カトリック徳島教会


車を借りてまずは教会へ。お祈りしなければ始まらない気がして。

カトリック徳島教会です。

こじんまりしてますが、いい雰囲気ですね♪
カトリック徳島教会

聖堂内


カトリック教会の有難いところは、聖堂をオープンにしてくれていること。「いつでも入ってお祈りください」ということですね。

光が溢れてて高揚感を感じられました。ちゃんと祈れたので気持ちもすっきり。いいスタートが切れました(o^-^o)


ローガン記念館跡

ローガン記念館跡


それではローガン宣教師ゆかりの地へもGO。カトリック教会から割と近いので。

私のリサーチでは、ローガンさんの家は徳島キリスト教センターになり、現在は記念館となっているということだったんですけど・・・。

前で清掃中の人に訊いてみたら、今はみどり保育園になっているそうです。「もう随分前に取り壊されましたよ」と言われました。トホホ。リサーチ古過ぎです。でもまあ、この園庭にあったということでパチリ。みどり保育園もキリスト教精神を生かした保育園です♪


蜂須賀家政船出の地碑

蜂須賀家政船出の地碑


続いて川の畔にある碑へ。蜂須賀家政船出の地碑です。

蜂須賀家政はキリシタンでした。少なくとも洗礼は受けたことがあって。だからキリシタン大名の一人と数えられたりしますが、徳島藩主になった頃は信仰が下火になっていた模様です。

残念ですね。いい藩主だったと尊敬されているのに。



 それでは大坂へ (゜▽゜ヽ)!


讃岐街道

讃岐街道


では讃岐の国との国境にある大坂峠へと向います。そこで捕らえられたディエゴ結城了雪という神父さんの足跡を辿りたいので☆

ここが昔のメインロードかと思うほどの、細い道を進んで行きますけど・・・(・0・*)


大坂口御番所跡

大坂口御番所跡


讃岐街道の横にありました。大坂口御番所跡です。

大坂峠で捕らえられたディエゴ結城が最初に連行されたであろう、番所です。

今ではそこまで威圧的な感じではありませんが、当時はもっと恐ろしげで、人々は畏敬の念を持って通って行ったんでしょうね。

大坂口御番所跡

大坂口御番所跡の解説板


敷地に大坂口御番所跡の解説板があるのですが、私たちの知りたいことにドンピシャリな内容でびっくり。下のサムネイルを見ていただくとわかるのですが、

Q「大坂御番所では『入り邪宗門に出百姓』を取り締まっていたのですが、『邪宗門』とは何でしょう?」
A「キリシタン」

――何とドンピシャリな! その上、解説板にキリシタンかどうか調べるための踏絵石のレプリカまで貼り付けられています。神様は私たちにこれを見せたかったんじゃないかと思ってしまうくらいです。こんな辺鄙な山里の一角でも、ここまで厳重にキリシタンを取り締まっていただなんて、頭がクラクラしてきます・・・。


質問「邪宗門とは?」

答え「キリシタン」!

大坂口御番所跡解説

踏絵石

大坂峠

峠までの道


ではディエゴ結城が通ったに違いない峠へ越えの道を。駐車場に車を停めて、自然に戻ってしまいそうな道を登って行きます。

一足ごとに足元からバッタが跳びはねるのが、ちょっと愉快です。ひらひらと蝶も舞っていたりして♪

大坂峠

大坂峠展望台


大坂峠の展望台からは、讃岐の国と阿波の国が一望できます。こんな眺めのいい所で一服したら、自然と心も洗濯できそう☆

こんな素敵な風景の中を、たぶん2つの国のことをお祈りしながら歩いていたであろうディエゴ結城を、捕吏は取り囲んで捕縛したんでしょうね。

徳島、昔の阿波の国は、ディエゴ結城にとっては故郷。何年かぶりにやって来て、信徒を訪問したり力づけたりしようとしていたんだと思いますが。捕らえられて、大坂(大坂城のある方の大坂)に送られて、穴吊りの刑で殉教しました。

大坂峠

大坂峠より


故郷の山と海を、愛おしい気持ちで眺めただろうに――。

そんなことを思いながら見下ろしていると、ディエゴ結城とシンクロできそうな気がふとしました。

生きている時代は違うけれど、同じ信仰を持ってるんだから、何か通じるような感じがして。シンクロまではできなくても、そうやって強く走りぬいていった人の心を、少しでも感じられたらいいな☆



 浦上キリシタンが預けられた寺にも・・・


板野郡の観音院

観音院


さて続いて、大坂峠のある板野郡にあるということで観音院へ。こちらもキリシタンに関係があるので来たのですが、キリシタンはキリシタンでも浦上(うらかみ)キリシタン。

浦上キリシタンというのは、明治になって流配されてきたキリスト教徒のことです。明治政府も幕府のキリスト教禁令を踏襲したので、それによって信仰を露わにした信徒たちが、各地に流配され、そこで牢屋生活をしたのです。江戸時代とかならまだしも、明治になってもまだそんな人権侵害があったなんて、信じられませんが。

長崎の浦上村の人が大半だったので、「浦上キリシタン」と呼ばれるようになりました。そして彼らの流配地の一つが徳島だったわけで、徳島には111人が流されてやって来たのですが、来て早速棄教した人たちもいました。

子供やお年よりも一緒なので、入牢して説諭を受けるのは大変だということで。観音院にはそんな改心者(棄教した人たち)が、不改心者たちと分けられる格好で預けられました。立派なお堂ですね。


板野郡にある千光寺

千光寺


同じく板野郡にある千光寺にもやって参りました。こちらも改心者が預けられた寺です。

梅の名所のようですね。流配されて来た者たちも見たでしょうか。

キリスト教をやめることを「改心」と言うこと自体、クリスチャンである私にとっては疑問ですけどねぇ。。"o(-_-;*)



 ディエゴ結城のお墓はどこですかっ?


犬の墓

犬の墓


次は・・・、最近発見されたディエゴ結城の墓を探そうと思うのですが、難航が予想されます。

阿波市の「犬墓」という所にあるとしかわかっていませんので。

とりあえずネットとナビで探して、「犬の墓」という字名の村にまでは来てみましたが、訊くにも人がいないし...(×_×)

荒井家の墓地?

どこですかっ?


車であっちこち行って、下りてうろうろしてみましたが、一向にわからず、「荒井家の墓地にある」ということはわかっていたので、田んぼの中に墓石があると、名前を確認しに行ったり。。やっぱ無謀でしたかね。

諦めようかと思っていたら、目の前の家からおじいさんがひょっこり姿を現し、こちらに歩いて来ました。この人に訊いてわからなかったらそれまでだと思って訊いてみると、「あそこだー」と指を差して教えてくれました (*゜ロ゜)

キリシタンのことは知りませんでしたが、「荒井さん」っていうのでヒットしたらしく。ほんと感謝です。普通に探してたら、部外者が絶対に踏み入って行けないような所にありました。おじいさんを通して、神様が教えてくれたのかも♪

ディエゴ結城の墓

ディエゴ結城の墓!!


ついに発見、ディエゴ結城の墓

少し前まではもっと草茫々の中に置かれていたようですが、列福されたからでしょうか、きれいに整えてもらってあります☆

ディエゴ結城の捕縛に関わった役人の子孫が、ディエゴ結城を弔うために死後50~100年経って建てたと考えられています。これが発見されたのは2000年。2008年に188名の日本の殉教者が列福されたのですが、ディエゴ結城はその一人です。


荒井家墓地

荒井家墓地

ディエゴ結城の墓

ディエゴ結城の墓


 思い残すことなく鳴門へ♪


鳴門のドイツ館

ドイツ館


たぶん見つからないだろうけど、行ってみるだけ行ってみようと思って行った犬墓で、僥倖が起こって感謝感激。

気をよくして鳴門に向いました。賀川豊彦の記念館があるということで。

隣のドイツ館は第一次世界大戦中に、ドイツ人俘虜を収容した施設を観光スポット化したもの。建物はきれいですね。

ドイツパン

ドイツっぽく


俘虜収容施設の兵舎を利用した物産館に入って軽めのランチを。ソーセージがドイツっぽいですね。ちょっと酸っぱいドイツパンも私の好きなテイスト♪

ああ神様、幸せです 《《《《♪♪(*´▽`*)ノ゛


ドイツ館

元兵舎

元兵舎解説


賀川豊彦記念館

鳴門市賀川豊彦記念館


賀川豊彦については、以前「賀川豊彦をしっていますか?」という本を読んだだけで、クリスチャンで社会運動した人で、生協作った人ということくらいしか知りませんでした。

だけどここにあった豊富な資料を見て、観が変わりました。すごい人だったんだなと。ノーベル平和賞に何度もノミネートされたのもすごいけれど、語った言葉や身を投げ打った実践が素晴らしいと思いました。賀川豊彦についてもっと知りたいと思うようになりました☆


カトリック鳴門教会

カトリック鳴門教会


せっかく鳴門まで来たので、どんな教会があるのか少し回ってみることに。

カトリック鳴門教会は町に溶け込んだ雰囲気。ここの幼稚園出身という人も近所に多いんでしょうね。

子供たちにとっては、それが神様とのファーストコンタクトになるだろうから大切です。


鳴門聖パウロ教会

鳴門聖パウロ教会


こちらは聖公会の鳴門聖パウロ教会。見つけるのにちょっと苦労しました。十字架付いてないと民家にしか見えなくて。

お遍路さんの姿を頻繁に見かけるのと、札所の番号が2とか3だとかするのとで、四国88ヶ所巡りの出発地が鳴門だということを知りました。

無知ですねぇ・・・。お遍路さんは鳴門スタートだって、普通知ってるもんなんでしょうか? 山越えをするようなルートでもお遍路さんは歩いているので、大変そうだなと思いました。この先も何回も会いそうですね (* ̄ノ ̄)/Ωナムー



 それでは徳島市に戻りましょう ∬´ー`∬


徳島逓信病院

徳島逓信病院


それでは宿泊地の徳島市に戻って、日が落ちるまでの間、史跡めぐりを。

史跡と言っても、こちらは病院です。明治になって浦上キリシタンが流配されて来たとき、最初に入れられた牢があった場所で、「病院前のテニスコートはキリシタン屋敷とよばれていた」ということです。

今はテニスコートがないので、この駐車場辺りがキリシタン屋敷=キリシタンが入れられていた牢跡なのかなと思うんですが、はっきりとはわかりません。昔から住んでいる人に聞けばわかるのかもしれませんけど。。


興源寺

興源寺


続いて興源寺へ。蜂須賀家政が隠居後住んでいた所で、蜂須賀家の菩提寺です。

蜂須賀家政は生涯の終わりの38年間をここで過ごしたわけですが、隠居したときの年齢は42歳。ちょっと早いように思いますね。

しかも引退の理由として病気を挙げたのに、80歳まで生き長らえたのだから、健康だけが理由でないように感じます。蜂須賀家政は文禄・慶長の役で2度も朝鮮に渡り、そこで大変な辛さを味わったようです。

帰国後、キリシタンの話を友人のキリシタン大名 京極高知から聞き、聞いた後には洗礼を受けたいと頼んだのだとか。悲惨な侵略戦争で心が疲弊しきっていたのかもしれません。死ぬまでその疲れが取れなかったのだとしたら悲劇ですね。

蜂須賀家政の墓

蜂須賀家政の墓


山門の前を通り過ぎた所にある公園に、蜂須賀家政らの墓はあります。

お墓の周りで子供たちが走り回っていて、何だか不思議な感じです。

藩主の墓といえば、格式高くて一段隔たった所に鎮座しているというイメージだったのですが、あまりにオープンで。国の史跡にも指定されているので尚更です。

たぶん蜂須賀家がそう願ってこのようになっているんでしょうね? 蜂須賀家政の墓を見ながら、この人の気持ちを探りたいと思いましたが、後継者たちよりずっと小さく質素な墓碑からは、何も感じ取ることができませんでした。

横には殉死者の墓があります。これがあるということは、キリシタンの信仰は失っていたものとみるしかありません。キリシタンは自殺はもちろん、死に際しては家臣らに殉死を禁じていくのが通常ですから。


墓所の地図

蜂須賀家墓所

蜂須賀家政の墓

蜂須賀正勝夫妻の墓

日本基督教団 徳島北教会

日本基督教団 徳島北教会


近くにあったので日本基督教団の教会も見てきました。徳島北教会です。

徳島は、明治期には全国でも6番目に人口が多い都市でした。今では信じられないと言ったら失礼かもしれませんけど (^。^;)

それで開国後に宣教師たちが入ってきて熱心に活動したんでしょうね。有望な布教地だと信じて。一日のラストに、その実の片鱗を見られて良かったです♪




   私は自分を超えることを

   
私は今、自分を超えることを考えています。許せないようなことがあり、憎んじゃいけないと思いつつも、許せないという気持ちがふつふつと湧いてくるのを抑え切れなくて。

もちろん「許す」ことが終着点であることはわかっていて、聖書の言葉もバンバン浮んでくるし、許すべきだと理解はしているのです。あとはその通りに行うだけ・・・。なのにできないから、嘆かわしいです。

「相手を許して、あなたが負けてあげなさい」と、牧師さんが言っていました。すごく心に刺さり、答えだなと思いました。答えの通りに考えて、そういう人になりたいです。ああ、自分を超えたい――。






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