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キリシタンのあしあとを求めて各地を旅してめぐります♪

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 最果てのサンクチュアリ Ⅱ


とうとう来ました、登山当日。用意も準備も備えもしてません。ただただ「何とかなってくれ」の思いでいっぱいです。ああ、無事に帰って来ることができますように。。(;_;)/~~~



カトリック宮前町教会


集合場所は、泊まった宿から徒歩15分くらいのカトリック宮前町教会

早朝5時に集合して顔合わせと一日の流れを説明してもらい、マイクロバスと自家用車に分乗して出発。

皆さんクリスチャンなので波長が合います♪


カトリック宮前町教会

聖堂

聖堂

本日の天候


ここ一週間くらい北海道の悪天候で、数日前には函館から札幌方面に向かう電車が土砂崩れで不通となったほど。

昨日も小雨が時折降ってましたが、今日は厚い雲に覆われて今にも泣きだしそうな天気。

荒天のせいで中止になるなら、また一年体力作りに励めるんだけど・・・いや、きっと一年あっても何もしないだろうなと、あれこれ考えたりして。苦手な試験の前みたいな発想ですね ( *´艸`)


バス

いただいたパン

曇天

道の駅「しりうち」


1時間ほどでトイレ休憩の道の駅「しりうち」に到着。朝早いので売店とか開いてませんけど、敷地内に植えられているブルーベリーは自由に採って食べていいとのこと。

熟した実を葉っぱの陰から見つけるのが醍醐味です。こういうことが得意な夫に採ってもらいました☆


道の駅「しりうち」

ブルーベリーの木

ブルーベリー

大千軒岳登山者休憩所


また1時間ほど走って大千軒岳登山者休憩所へ。予約すると宿泊もできるそうです。山登りする人が前日に泊まる山小屋なんでしょうね。

ここでトラピスト修道院の人たちや札幌の司教様一行と合流して開会式。ロザリオの祈りを唱えるのですが、延々続くので驚きました。皆さんすごい集中力。


周囲は住宅地

開会式


 いざ登山 !(^^)!


大千軒岳登山口


そこから山らしい道に入り、しばらくすると大千軒岳登山口に。ここでも合流する人たちがいて、司教様の周りに集まって写真撮ったりしてました。人気なんですね (^^♪

今回登山するのは総勢40人以上で、これくらい多くの人が参加するのは久しぶりのことなのだとか。

また今年は札幌教区100周年にあたるため、その記念として司教様にも来ていただき、大千軒岳でミサを挙げてもらうのがメインの行事みたいです。私たちも含め関東からの参加者も何人かいるのはそのためなんですね。


大千軒岳解説

キリシタンの記述も

駐車場

登山開始!


ここでも全員でロザリオの祈りを一連唱えて出発。すごい緊張。。

登山にからっきし自信のない私は先頭集団についていくことにしました。前がどうなっているか分からないと不安なので。

それに世話役さんもいるから何かと教えてもらえるかと。ああ、緑が深いですね。


登山開始

清流

すぐに崖

倒木多し


このところの荒れた天気のせいで、あちこちに倒木があり、下見で一週間前に来た時には通れた道が塞がれていることも。

最初はのこぎりで切っていましたが、キリがないということで乗り越えて進むことに。皆は乗り越えますが、私はくぐって通ります。。この際ダサさとかは気にしないで行きます!

「奥さん、このままでは確実に転びます!」と世話人の方に言われ、これを使うようにと、その人のストックをお借りするようになりました。それから「手、怪我するわよ」と、初対面のご夫婦から手袋も。皆さま、お世話になりましてスミマセン ( ;∀;)


トラピスト修道院の神父様が・・・


ほんの15分も進むと道幅が20センチくらいになってきて、10メートルくらい下には川が流れているのが見えて、かなり恐ろしいことになってきました。こんなに早速!?という感じ。

すると私の2人前にいた人が道と斜面を見誤って、あっという間にズルズルと斜面を滑落していきました。数メートル落ちて止まって、男性だったから軽傷で済んで戻って来ましたが、私だったら大怪我だったと思います。私の方が滑り落ちてて当然な感じですし。

また少し行くと、世話人の人が「ここが現場です。以前トラピスト修道院の神父様が落ちて亡くなられたのは」と言うからびっくり。ほんとに人が亡くなるほどの険しい山なんですね。巡礼に来た神父さんが亡くなったことも、どう捉えていいのか分からなくて・・・、ちょっと頭が混乱してきました。


下の川


アジサイ

一回目の休憩


30分歩いた所で一回目の休憩を。私的にはもう随分歩いた印象で、ここが目的地であとは帰るだけでもいいように思うんですが、そうは問屋が卸さないようで・・・。

ここからもう30分歩くとやっと半分だそうです。果てしなく感じますよ。さすがにまだ集中力は保ててますが、息が切れてゼーゼーしています。普段運動してないツケが ((+_+))


川原で休憩

水嵩増してる

清流

知内川


こちらは降っていないけれど上流では降ったのか、知内川は水嵩が増していて、流れも速いよう。

最初一か所木橋を渡りましたが、それ以降は橋もなく、川を渡るのは結構危険。

「そこからこの石に飛んで、渡って下さい」と指示をされるんですが、石がグラついて怖いです。運が悪ければすぐに転んでしまいそう、、ですが、何とか渡り切って進んで行きます。主よー。


砂金採取遺構

砂金採取遺構?

砂金採取遺構?

カタツムリ

砂金採取所跡


「砂金採取遺構」という解説板が出てきて、標柱も建てられている所に来たのですが、それらしい遺構は「これかなぁ?」という感じ。

でも恐らくキリシタンが働いていた所の一つですね。ここに信仰の先輩がいたんだなと偲びます。


「広い川原」


やっと「広い川原」に到着。ここで2回目の休憩です。目指す金山番所跡までの大体半分まで来たようですが、これまでのおっかなびっくりの連続を思うと、ここから動く気になれません。。

今回の参加者の中で、私は割と若い部類に入ると思うんですが、皆さん山に慣れているのか、私よりも疲れていないように見えます。もちろん大変そうにしている人もいるんですが、私ほどヘトヘトではないような。偉いなぁと尊敬するひと時。世話人の人たちなんて、ミサの道具とか大荷物背負ってますし。


沢渡りも


10分ほど休んで登山再開。「もうこれ以上は無理!」みたいな所が、ここから連続しました。こんな急流渡れるはずない!と思う沢渡りが数回、岩にしがみついて滝を横断すること数回。

本気で1、2度死んでもおかしくないようなことがありました (;´Д`)

心臓の具合が悪くなってうずくまる人や顔面を怪我する人も。それでも皆前に進むのですからすごいです信仰の力なんでしょうか。(私はここで待ってるから行って来て、と何度か言いかけましたが)。


木のこぶ

葉っぱがデカい

日光

急流

あと少し・・・!


「広い川原」からの魔の30分が過ぎると、少し平地が増えてきて、金山番所跡まであと20分との標識も。希望を持たせてくれるじゃありませんかっ。

少し周りを見る余裕も出てきて、アジサイやシダ植物を愛でてみたり。小さな声で讃美歌も歌ってみました。神様素晴らしい世界をありがとうございますと♪



清流

アジサイ

シダ植物

金山番所跡


そしてとうとう到達、金山番所跡!!


石で作られた祭壇の上には十字架。信徒さんが十字架を丁寧に拭いて花束を結び付けていました☆

よく見たら祭壇の上にヘビがとぐろを巻いてたんですが、世話人の人が慣れた様子でストックで追い払ってました。あー、何はともあれ無事にここに来られて感謝。思いっきりお祈りしよう。少し前から私の周りを2匹のモンシロチョウが舞っていて、お疲れさまのダンスを踊ってくれているよう。神様にほめてもらえてる?もしかしてここで亡くなった殉教者たちの霊が迎えてくれてるんでしょうか。

千軒岳のキリシタン


蝦夷地、松前藩では1617年頃から大沢川流域や千軒岳金山で砂金が発見されるようになり、ゴールドラッシュの様相を呈することに。採掘のために一人でも多くの鉱夫を得たかった藩では、本州から渡ってくることに寛大でした。それで禁令下に江戸などから追われたキリシタンが生きる場を求めて渡って来たのです。

そのため宣教師も巡回するようになり、イエズス会のアンジェリス神父とカルヴァリョ神父は1618年から22年にかけて、鉱夫に変装するなどして少なくともそれぞれ2度蝦夷地へと渡り、信徒を訪問、ミサを捧げるなどしています。

しかし1637年に起きた島原の乱を境に、幕府のキリシタン禁制が強化され、松前藩でも1639年、領内にいたキリシタン106名を捕らえられ処刑しました。史料によれば、大沢で50人、日市(現・上ノ国町石崎)で6人がまず処刑され、後日さらに金山で50人が捕らえられ殉教したということです。殉教の場所は正確には分かっていませんし、殉教した人の名前も伝えられていません。


ヘビ

金山番所跡

祭壇の十字架

十字架

記念ミサ


まずは各自持参したお昼を食べて、世話人の方々はミサの準備に。

雨が降らないうちに下山しましょうと、早速ミサになりました。

先に着いていた巨体の外国人神父様(どうやって登ったんだろう?)ら3人の神父様と司教様の共同司式でミサは始まり、聖体拝領と最後のお祈りの後に司教様のお話がありました。

「ここでは1939年に・・・」と話し始められたので、そんなに最近にも何かあったのかなぁと思って聞いていたら、やっぱり千軒岳でのキリシタン殉教の話で、1639年の間違いでした。まあ、皆さん分かってない人はいないと思うので問題ないでしょうけど。司教様は平和活動をしている方で、殉教者の生き方こそが平和の生き方だということをおっしゃっていました。なるほど☆彡


碑文

モンシロチョウ

ミサ手順

聖体拝領

下山開始


ミサが終わると、帰りも気を付けて下山しましょうと、また一列に並んで進むことに。行きがあんなに大変だったのに帰りが楽ということはないので、考えるだけでめまいが((+_+))

でも帰らない訳にはいかないので一歩一歩進んで参ります。行きよりも体力のゲージが下がっているので、もっと大変に思える箇所も。下山と言っても下るとは限らないので、足が上がらなくて困ります。


道標



腰が・・・( ;∀;)


緊張したままずっと腰を曲げていたので、徐々に腰を伸ばすことができなくなってきてフリーズ。腰の疲れって、こんなに感じたことありませんでした。

もう腿も上がらないので、夫にストックを引っ張ってもらって、ヘイコラ言いながら一岩ずつ登ります。

夫がいなかったら絶対に来ることも帰ることもできませんでしたね。人生にも引っ張ってくれる人が必要ですし、いてくれたらいつも感謝せねばです。



木のこぶ

木の根

泥だらけ


お尻をついて岩を登ったり下りたりしたので、スカートは泥だらけ。でもタイツは足さばきがよくて正解でした。泥だらけ的な観点と体力では満身創痍ですが、実際の怪我は全然していないので感謝。

もう奇跡ですよ。だから最後はやっぱり讃美を口ずさみながら下山。ありがたやーって、ちょっと昔っぽいですけど、そんな感じ♪



清流


足にモンシロチョウが♪


ラスト数十メートルから再びモンシロチョウが迎え出てくれて、駐車場に着くと足に留まって離れませんでした。

「可愛らしいわねー、足にチョウチョが留まってる」と何人かに声をかけられました。←見ずらいですけど、泥だらけの足に留まっているのをご覧いただけますでしょうか。誰かに「よく頑張ったね」と言ってもらってる気がしました (#^^#)



 大千軒岳を後にして


閉会式


1時間ほどで全員下山でき、大千軒岳を後にして閉会式へ。

世話人の方が言っておられたのは、皆さんのお子さんたちを連れて来て次代に引き継ぎましょうということでした。

今世話人をしている方々も最初は高校生とかそれくらいから参加し始めて、今に至っているのだとか。高齢化と次世代はどうなるかが懸念されているようです。どうしても若い人が積極的に参加してくれないと衰退していってしまいますもんね。


木古内駅


さて夫は仕事があるので今日ここで一人別れて、木古内(きこない)駅から新幹線に乗って帰ります。

そもそも千軒岳の近くにこの新幹線駅が出来たからこそ、今回の巡礼が叶った訳で、飛行機だったら日程的に来られませんでした。これも有り難いことです。

木古内駅の向かいには道の駅「きこない」があるので、そちらで私を含めた皆はトイレ休憩とお買い物を。新しくてきれいですが、、周りにここしか施設がないですね (;'∀')イイノカナー


道の駅「きこない」

道の駅「きこない」

木古内駅

とうきび茶


夫と別れて若干心細くなりつつ、函館に向かいます。明日から一人で生きていかなければなりません(ほんの数日だけど)。

せっかく北海道まで来たので札幌まで足を伸ばして古い友人に会って帰るのです。いや、それよりも何よりも、今日が無事であったことを感謝感激いたしますです(日本語おかしい)。

今こうやって香ばしいお茶を喜んで飲んでいることも、有り難いことだなと思いますし。今回はほんとに殉教地に殉教の精神で行って来ました。ヘタレでダメな私を守って下さってありがとうございました!



千軒岳で感じたこと


私が千軒岳で感じたのは、殉教した人たちが今も苦しんでそこにいるのではなくて、もう地上からはずっと高く引き上げられた世界にいるんだということ。そこを「天国」と言ってしまうと、一般的にはいい世界のこともそう言っているから軽く聞こえやすいのだけど、ほんとにリアルな「天国」にその人たちはいるんだろうと感じました☆

そこから私たちを見守っていて、「ファイト!」とか応援してくれているような。だから殉教はそれが終わりではないと思います。最終的に天国を得るようになったのだから、彼らは勝利者なのだと言うことができますし。

各地を追われ、最後のサンクチュアリを求めたキリシタンがたどり着いた最果ての地。そこで彼らは何を見たのだろうと思っていましたが、その先にある世界へと飛び立っていったんですね。地上での足跡は途絶えたけれど。

「殉教者たちは天国へと引き上げられて、もうここにはいないんだ」と感じたので、たぶん千軒岳にはもう登らないと思います。それを知るために、またバトンを引き継ぐために今回は行かせてもらったような気がします。

見るもの聞くものも大切ですが、それを通して感じさせてくれることに感謝したいです。そのように導いて下さる方にしっかりついていけるよう、お祈りして・・・爆睡。笑




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